Saving Mr. Banks
めちゃくちゃ久々に更新。生きてます。

最近観た映画で「過小評価されているのでは?」と感じたものが2本あります。
1本は最後のジブリ長編映画(?)「思い出のマーニー」で、
もう一本がこの「ウォルト・ディズニーの約束」原題"Saving Mr. Banks"です。
両方とも『アナと雪の女王』フィーバーに押しつぶされちゃいました(笑

毎回言ってて「もういいよ」って感じですけど、
Saving Mr. Banksが何故に「ウォルト・ディズニーの約束」になるかっつーね。
いや、原題はネタバレっぽいから、
知らない方がより物語を楽しめるって考え方もあるかな?

両方ともめちゃ泣きましたよおじさんは。
おじさんももう51だよ…昨日で。
偶然、両方ともイギリスの児童文学作品が関係してますね。

まずはマーニー。

この映画(原作に関しても)を観た人がTwitterなどで、
物議を醸した部分(ネタバレだけど)があるのですが、
その部分がこの物語の裏テーマになっている気がしました。
・・・別に裏でもないか。

それは主人公のアンナが同世代の女の子、
信子に「太っちょブタ」と言うシーン。

信子は「毎日普通に過ごせますように」と書かれた、
杏奈の七夕の短冊を取り上げ「普通って何?」と問いかけ、
「あれ?あなた綺麗な目をしているのね」と続けます。
信子は決して「意地悪な子」には描かれてはいません。
逆に杏奈よりも「良い子」に描かれています。

ちょっと前にTEDで見たモデルのキャメロン・ラッセルの、
「ルックスだけが全てじゃない。モデルの私が言うんだから信じて」
というプレゼンで話したことを思い出しました。

僕は子供の頃から自分の容姿に関するコンプレックスが酷かった気がします。
足が大きいとか、毛が多いとか、足が太いとか。
こんな話をすると、必ずと言っていいほど「女子か?」と突っ込まれるのですが、
それこそが偏見です(笑)男が容姿のことで悩むなんて「馬鹿げている」みたいな。

悪気の無い、言っている人にとっては、
褒めているつもりだったりする言葉だからこそ、
相手の本心が見える気がしたりするものです。
言葉狩りみたいになるのも考えものですが、
何気ない一言が暴力になることってのもあるわけで。

孤独感から「言葉の暴力」に「言葉の暴力」で応戦した杏奈。
確かに良いこととは言えませんが、
おじさんにもわかるような気がしました。

さて「ウォルト・ディズニーの約束」

メリーポピンズの原作者P.L.トラヴァースとウォルト・ディズニーの、
映画化にたどり着くまでの裏話と、
現実のメリーポピンズ(ミスターバンクス)について描かれた作品であり、
ウォルト・ディズニーとの約束は、
あまり重要ではないひとつのエピソードに過ぎません。
原題"Saving Mr. Banks"の通り、
「ミスターバンクスを救う」物語です。

ディズニー映画『メリーポピンズ』大ファンの僕は、
台詞がいちいち映画『メリーポピンズ』からの引用だったことに、
大喜びしながら見ました。

このblogでMONOGATARIというカテゴリーを作ったときに、
物語には本当に起きた事実ではないかもしれないが、
『こうなったら良かった』『こうなるべきだった』といった、
人間の真実の話が語られていることがある、と語ったことがありましたが、
そんな物語によって、
人は辛い過去や悲しい思い出を昇華させることができるのだと、
この映画では語られています。
本当にその通りだと僕も感じました。

この二つの映画は同じイギリス児童文学作品という以外に、
喪失感と孤独な心を昇華させる人の物語という点で、
僕にとっても、縁を感じる作品でした。









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